「スタッフでも失敗している事がありますからね、こればかりは開けてみないと分かりません」鋳物作り体験の終盤に言われて、ドキっとさせられました。ここまで頑張って失敗は嫌だなと思いながら、型を崩す瞬間を待った。
両親と富山に旅行に行った。その初日に鋳物で有名な能作の工場を訪れた。午前中に工場見学、午後に鋳物作り体験を予約していた。
工場見学は2階からガラス越しに見るような物を想像していたが、全然違った。実際に職人さんが作業している所を間近に見る事ができた。型を作る作業場では細かい砂が舞っているのか空気が悪かったので、思わずマスクを取り出して着けてしまった。こんなにも迫力を感じられる工場見学もなかなか無いと思う。
作業場ではかなり大きな音がしていたので、説明は事前に装着したイヤフォン越しに聞いた。「高岡市では鋳物作りが盛んで、能作では100年以上前から鋳物を作っています。仏具からタンブラーなどの日用品も作るようになりました」という歴史から、「原型を砂で押し固め鋳型を作ります。その鋳型に溶かした金属を流し込み、中で金属が固まります。金属が固まったら砂を崩す事で製品を取り出せます。あとは磨いて完成です」と作る工程に沿って作り方を説明してもらった。先に工場見学をした事でこの後の体験で鋳物作りの難しさをより理解する事ができたと思う。
工場見学の後、昼食に蕎麦を食べて、午後から鋳物作り体験が始まった。
最初に作る物を決める。ぐい呑みで予約していて私は丸型のぐい呑みを選択した。作業場に着いたらエプロンを渡されて、ビニール手袋も身に付けた。工場見学で見た通り最初は鋳型作りからだ。
「木枠にぐい呑みの原型と金属の通り道となる筒を配置して下さい。配置出来たら砂をかけて、砂をかけたら軽く手で押して下さい」言われた通りに配置をして砂をかける。砂遊びなんて全くやらないので、砂の感覚が新鮮で久しぶりに童心に返った! 砂をかけるのも、押し固めるのも楽しかった。
ただ砂をかけて固めるだけではなく、所々に緊張感のある作業があるのも面白い。何度か木枠をひっくり返す作業があるのだが、木枠を持ち上げた状態で振ってしまうと抜け落ちてしまうと言うのだ! 木枠から原型を外す際、良い感じで押し固めているとひっくり返しただけで簡単に落ちる。しかし、落ちない時もある。この際に原型を落とそうと振ってしまうと、押し固めた砂ごと全て落ちてしまい、そこまでの作業が台無しになってしまうそうだ。
鋳型作りの最終段階では凸型の木枠に凹型の木枠を合わせる必要がある。凹凸型の間に金属を流し込む事でその型の作品ができると言う寸法だ。この作業の緊張感がハンパない! ぎゅうぎゅうに押し固めた木枠は結構重く、それをひっくり返して合わせるのだが、少しでもずれると失敗になってしまう。
ここまで終わったら溶かした錫を流し込む。「錫は融点が低く家庭用のコンロで溶かす事ができます」とスタッフの人が説明してくれた通り、普通のコンロにかけられた厚手の鍋に錫が溶けていた。それをお玉ですくってみせてくれた。まるでメタルスライムのようだ。溶けた錫をポットに入れて、ポットから型に流し込む。型からあふれた錫は金属の板の上に捨てるのだが、捨てたらすぐに固まる。固まった様はまさにはぐれメタルだった!
ここで最初の台詞に戻る。「スタッフでも失敗している事がありますからね、こればかりは開けてみないと分かりません」何故か勝手にみんな成功すると思い込んでいたので急に緊張感が増した。木枠を軽くトントンっと振ると、ざっと砂が落ちてその中に作品も落ちていった。まだ金属が熱いと言う事でスタッフの方が順番に出してくれるのだが、その待ち時間の間も緊張感が続く。
砂の中からぐい呑みが出てきた時には感動した!
あとは飲み口をヤスリで磨いて、銘を入れたら完成。お店に売っている商品はきれいに全体が磨かれているが、自分のぐい呑みは砂焼けの後がまばらにザラザラしているが、それも味があって愛おしい! 世界で1つ自分だけのぐい呑みが手に入った。
夜はお寿司をカウンターで頂いた。作ったばかりのぐい呑みを持って行って、ぐい呑みに合う日本酒を注文した。出されたのは地元のお酒のぬる燗だ。お店で燗に使っていた徳利も錫製だった。このぬる燗が実に美味しかった! じんわり温かいのがずっと続く。いつまでも美味しい温度が続いてずっと飲んでいられる。
家族でそれぞれが作ったぐい吞みを見せ合って、自分が作ったぐい呑みが一番だと言いながら飲むお酒は実に楽しかった。
鋳物作り体験は鋳物を作るだけではない。作った鋳物で美味しい食事を楽しむところまでがワンセットだ! 鋳物作り体験は極上の大人の砂遊びだった!