「え、何これ、うわー、つかまれたー!」辻村深月さんの『闇祓』の第一章を読み終えた後に私が漏らした感想である。つかみはオッケーと言いますが、まさにつかまれました。帯に「一気読みエンターテインメント!」と書いてある通り、一気読みにさせる力のある第一章です。
私は辻村深月さんの小説が好きです。辻村さんの小説の醍醐味は人間だと思います。人物の描き方と言いますか、人間関係の描き方と言いますか、とにかく人の内面とその関係の描き方がうまいのです。『闇祓』においてはハラスメントの部分でいかんなく発揮されています。
もう1つの特徴はSFです。SFと言っても辻村さんのSFはサイエンス・フィクションではありません。辻村さんは藤子・F・不二雄に影響を受けており、辻村さんのSFは「少し不思議」です。『闇祓』ではホラー部分にSFが取り入れられており、今までの作品とは一線を画す感じです。
『闇祓』は「やみはら」と読みます。祓うとハラスメントが掛かっています。ハラスメントと言っても一般的なパワハラやセクハラとは違います。なんと闇ハラです! なんとも恐そうな名前のハラスメントです。
私は職場でパワハラを受けていた事があります。まだパワハラという言葉も一般的ではない時です。今ならすぐ訴えてやるのにと思いますが、あの頃はそんな発想も湧きませんでした。ひどく気分屋なプロジェクトの責任者がおり何かあるといつも怒鳴られていました。相談に行っても何言っているか分からないと言われ、だんだん気分が悪くなって怒鳴られるというのがパターンでした。
これが私だけではなく他のメンバーも同様に受けているのでプロジェクトルームにはいつも怒声が響いていました。周りのメンバーも耐えているので私も耐えないといけないという感覚に陥りそれが当たりまえになっていました。この当たり前になるという点がハラスメントの怖い所ですよね。だんだん疑問を持たなく、持たせなくさせる……。
闇ハラは巧妙に相手に取り入り、相手の歯車を微妙に狂わせ、それを当たり前に思わせていきます。そうやってある人に取り入って、次第に家族にも取り入って、そして……。第一章では高校に転校生がやってくるところから始まります。その転校生の言動が異常で、目を付けられた主人公が部活の先輩に相談するという流れでストーリーが進みます。主人公が闇ハラに囚われそうになりますが、ある人が助けてくれます。その後が衝撃的で「え、何これ、うわー、つかまれたー!」という感じで第一章は終わる事になります。
その流れで第二章に入るのかとおもいきや、全く別の主婦の話に切り替わります。第三章はサラリーマン、第四章は小学生とそれぞれ闇ハラに巻き込まれていきます。どの話も日常のちょっとした違和感を放っておくといつの間にか闇ハラに蝕まれているという恐さがあります。これらの話は全く関係無いように見えて、ある一つの線で繋がれています。それが帯にある本格ホラーミステリのホラーを抜いた、本格ミステリの要素だと思います。
第五章になると第一章の数年後に話が戻ってきます。第一章で掴まれて、「待て」をされた犬のようになっていた私は、「待て」を解除された犬の如く第五章を一気に読む事になりました。第一章から第四章で散りばめられた謎が気持ちよく回収されていきます。そして、各章を繋いでいた細い線が明らかになるにつれて、闇ハラの闇の深さが明らかになっていきます。
この本を読んでハラスメントは普通の生活の中に紛れ込んでいるのだと恐くなります。闇ハラは小説の中の話ですが、世の中のハラスメントはいつ自分が受けるか分かりません。しかも、パワハラを受けていた私のように渦中にいるとそれをハラスメントだと認識出来なくなっているかもしれません。そんな時に主人公をハラスメントから救ってくれたあの人のような人があなたの周りにいますか?
新たなハラスメントを描いた辻村深月さんの『闇祓』を読んでハラスメントについて考えてみるのはいかがでしょうか? 最近なんか歯車が狂っているように感じているとしたら、それは闇ハラのせいかもしれませんよ?