その日は午後から雨の予報だった。まとまった雨が降る予報だったのでゴアテックスの革靴を履いていた。ゴアテックスは水を通さないので雨の日は重宝する。しかし、夏に履くには暑いのだ。涼しく履けるゴアテックスがあれば教えて欲しい。
この日は10時から来客があった。そこから会議室に籠って打ち合わせをした。うちの会社の会議室のエアコンはジャイアン並みに気が利かない。1度単位でしか温度調整ができないのだ。1度下げると凄く寒くなり、1度上げると涼しくないのだ。この打ち合わせの時には涼しくない設定だった。
打ち合わせの間、ずっとゴアテックスの靴を履き続けていた。打ち合わせ中に靴を脱ぐわけにもいくまい。ゴアテックスの靴は水を通さないのと同様に熱も通さない。アリ一匹と通さない門番のようだ。おかげで体にこもった熱が解放されない。どんどん熱が体にこもっていく。
3時間も続いた打ち合わせが13時過ぎにようやく終わった。体に熱は籠っているし、お昼ご飯を食べていないので意識はもうろうとするし、ぐったりした状態でご飯を食べに出かけた。9月も中盤だというのに外は蒸し暑かった。打ち合わせの間でこもった熱とまとわりつく湿気で汗が次から次へと噴き出してくる。フィーバーしたパチンコ台の様だ。出てくるのがパチンコ玉なら嬉しいが玉のような汗では何も嬉しくない。
昼時からずれていたので人気のラーメン店に入れるかと思い行ってみた。期待外れな事にラーメン店には行列ができていた。遠目にも分かる程の行列が。ふと横を見ると蕎麦屋があった。火照った体を蕎麦で冷ますのはいいかもと思い、その蕎麦屋に入ってみた。
蕎麦屋にはクーラーを期待していたのにここでも期待は外された。ほとんどクーラーは効いていなかった。残念。とろろそばの食券を買って、店員さんに渡したところ、「…できますけど?」と言われた。なんと言ったか分からなかったので確認すると「ピリ辛できますけど?」との事だった。蕎麦なのにピリ辛? どういう事? と思いながらも面白そうだと思い、「じゃ、お願いします」と言っていた。席について待つ間も体から暑さは抜けない。既にピリ辛にした事を後悔し始めていた。
後悔している間にそのピリ辛のとろろ蕎麦なる物が運ばれてきた。蕎麦にとろろと海苔が乗っている見た目は涼し気だ。何故か生卵も付いている。さっそく、つゆを付けてずずっと食べる。辛っ! 蕎麦なのに辛すぎないか? ピリ辛ってこんなに辛いの? 予想していた蕎麦の味とはCHAGEとASKAくらい違いすぎて、脳が追い付かない。のども辛さを受け止める準備ができていなかったので盛大にむせた。
辛い食べ物だと認識した後はむせる事は無くなった。何故蕎麦に? と不思議に思っていた生卵を割り入れて、とろろとともに良くかき混ぜる。そうする事で辛さが程よく中和されて食べられる辛さに落ち着いた。トラディショナルな蕎麦とは一線を画すが、こういう食べ物だと言われれば、悪くない。悪くないが体の熱さは一向に収まる気配は無く、勢いを増すばかりだ。押し相撲が得意な大栄翔の如くグイグイ来る。
食べている間に外は雨になっていた。多少涼しくなっているかと期待して外に出た。しかし、温度は下がっておらず、むしろ湿度が上がったせいで不快指数はうなぎ上りだ。そんな不快な暑さの中、会社に戻った頃にはフィーバーが7連荘した後くらいの汗をかいていた。体に蓄積された熱でお湯が沸かせそうなほどだ。その暑さのせいで午後は全く仕事にならなかった。
それにしても「ピリ辛」である。この「ピり」はちょい飲みの「ちょい」やプチプラの「プチ」のように少しの意味では無いのか? お店の人にとっては「ちょい」かもしれないが私にとっては「プチ」では無かった。このあいまいな辛さを具体的な値で表現できない物だろうか。辛さのあいまいさでは色々失敗している。タイ料理や四川料理など食べる時には店員さんに辛いかを尋ねるのだけど、たいていは「そんなに辛くないですよ」と言われ、頼んでみると辛すぎて美味しく頂けないという事がしばしばある。
辛さの単位を仮にハバネロポイントだとして、蕎麦のピリ辛が10ハバネロポイントだと言われたら、断る判断もできたかもしれない。糖度のように辛さも数値化してもらえたら辛さによる失敗も減るだろう。味覚の研究している人、どうかよろしくお願いします! しかし、ピり辛を断っていたらこの新しい蕎麦の味を体験する事も出来なかった。ハバネロポイントが導入された世界でもたまには辛さにチャレンジしてみる必要はあるのだろうとそんな事を考えさせられたピリ辛でした。